体が言う事を聞かない時に出る性格・・・。
気がわからないのは心身のサビが原因である・・・というテーマにて、前回では、結局体のサビツキも心のサビツキももとは一つで繋がっているという事をお話してまいりました。
体を柔らかくして行こうとすると必ず壁が出てきてそこで苦労するのですが、そこで心のサビツキ、頑固さとか偏見とか、そういう自分の内側を見つめて省みていかないと、なかなかそこから先へ進めないと言う事なんですね。
人間の身体というのは本当に細かく、繊細にできており、ただ単に筋肉、骨、細胞などだけではなく、そこに意識的なものも含まれています。そしてその意識も自分で自覚する顕在意識と、自分では良くわかりきっていない潜在意識というものからなるために、なかなか思う様に言う事を聞いてくれない感じがするのです。
でもこの「感じがする」という所がポイントで、本当は全て言う事を聞いていまして、その中に「反発」「抵抗」というのも含まれてるから大変な思いをするのですね。
例えば開脚
例えば開脚などで足を開いていくとき、自分では開こうという意思でやっていますが、と同時に「痛いんじゃない?」「無理なんじゃない?」という所もあるわけで、そうなっていると体は「いやだ」という指令も感じ取るためにギュッと委縮、緊張するところがあります。
ですから開こうとする力と閉じようとする力が相殺して、あの独特の感覚、「うーん」とか、「あいたたた・・・」なんて言いながら、にっちもさっちもいかなくなって、よいしょ、よいしょと何とか反動をつけながらやる妙な体操になってしまうのです。
こういう時は痛みやその部位などに気を通してやらなければいけません。対話したり、優しい愛とか光のようなエネルギーを送るようなイメージですね、そういう緩めてやったりいたわるような感覚を持ち合わせないといけないのですが、たいていは言う事きかない体に命令口調で「伸びろ!」とか「動け、開け!」となってしまいがちなんですよね・・・。
そこが自分の嫌な部分、気が付かないといけない強引な部分
結局そのあたりに自分のサビですね、強引な性格や、偏った考え方などが出てきてると言う事なんです。人に迷惑をかけるわけじゃないから自分の身体はちょっとぐらい乱暴に扱ってもいいとか、頭で指令出してるんだから言う事も効くもんだろう!とか、あるいは愕然としてすぐに放棄してしまう人なんかもいるかと思いますが、なんにしろ気を送る、通すと言う事をせず「それでよし」とか「もう無理」としちゃうのは、それはもう意識にこべりついてしまったサビに毒された状態なのですね。
こうなると変な話ですがやればやるほど嫌になって来たり、余計に硬くなってくる場合なんかもあるのですが、それはそうですよね、「対立したままでよい!」「仲良くならなくて良い!」としてしまえば、その先はないし、逆にそういう意識に対し反発心が勝ってしまいますもんね・・・。
この状態を「普通」ととるか?「ちょっとまずいんじゃないか?」ととるか・・・ここらで道は大きく分かれていきますが続きはまた次回に。
~つづく~